■寺町■
寺町・浜崎マップ
萩の城下町を歩いてみると、ゆるやかな坂を上り下りします。三角州といっても、完全な平坦地ではなく、 高い所と低い所の差は、約10メートルあります。
現在、北古萩という
場所は、三角州のなかでも最も高い土地です。 江戸時代には、北古萩という町名はありませんでした。というのは、寺院ばかりの地域でしたからです。
萩循環まぁーるバス〈西回り〉 《寺町》が、 このあたりです。もともと、寺町という町名はありませんが、城下町では寺が集まっている場所を
寺町といいます。
現在、北古萩には、十三の寺院がありますが、江戸時代には、二十一もの寺院がありました。 今から四百年前、萩の城下町がつくられる時、城とその周辺の武士が住む侍屋敷の地域、
町人や職人が住む町屋の地域、寺院が集まる寺社地域と分けられました。
毛利氏が萩に移って来た時に、寺院も、広島や山口から移転されて、北古萩を中心に立て直されました。 三角州の高い場所に、なぜ、寺が集まったのか詳しいことはわかりませんが、おそらく、水害の時や、
戦の時に、
たくさんの人々が避難でき、食料を保管するのには便利な場所ではないかと思われます。
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