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■松陰と金子重輔かねこしげのすけ の銅像■  松陰神社・東光寺周辺マップ

 玉木文之進たまきぶんのしん旧宅の 前より急な坂道を登って行くと、二人の男性の銅像がたっているのが見えます。

 向かって左側の人物が松陰で、 両足を踏みしめ右手を握りしめて、じっと萩の沖の海を見つめています。 もうひとりの人物が金子重輔で、両手で望遠鏡をもち右側のひざを地面につけて、松陰を見上げています。
 金子重輔は、萩から15キロメートルほど 山間やまあい に入った、 福栄村紫福ふくえそんしぶきの 商人の家に生まれ、藩の足軽となりました。1853年 (嘉永かえい六年)、 松陰は二度目の江戸遊学のとき、 重輔と知り合ったののです。あくる年の嘉永七年一月十四日、アメリカのペリーは軍艦七隻をひきいて、 ふたたび日本へやって来ました。この時、松陰はアメリカの軍艦に乗りこみ、外国へ渡ろうと決心し、 重輔といっしょに軍艦が停泊している 伊豆国(いずのくに)の 下田(今の静岡県下田市)へ向かいました。
 そこでふたりは十日あまりも機会を待ち、三月ニ十七日、いよいよ海外渡航の計画を実行にうつし、 小舟をあやつり、真夜中の荒れる海をやっとのことでアメリカの軍艦にこぎつけました。 軍艦のかんぱんに上がり、松陰は外国へ行くことを必死にたのみましたが、 どうしても聞き入れてくれませんでした。 とうとう松陰と重輔のふたりは、軍艦のボートで送りかえされてしまいました。 こうして松陰の海外渡航の計画は失敗してしまったのでした。
 松陰と金子重輔の銅像は、1968年(昭和四十三年)、明治維新百年を記念して建たてられました。 銅像を見ていると、松陰と重輔の意気ごみが伝わってくるようです。

●参考・引用資料『親と子の史跡探訪』萩文化財保護協会

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