■青木周弼旧宅■
御成道マップ
桂小五郎の
家を少し下ると、青木周弼の旧宅があります。
青木周弼は、1803年(享和三年)に大島郡和田村(今の山口県 東和町)の
医師 青木玄
棟
の長男として 生まれました。初めは三田尻(今の防府市)の名医 能美
友庵
・ 洞庵父子について医学を学ぴ、
のち江戸に出て 坪井信道や
宇田川榛斎からも
教えをうけました。医学上の名声が高くなって、第十三代藩主 毛利敬親に
めしかかえられ、明倫館の 好生堂
(医学所)の 先生となって西洋医学を広めました。1863年(文久三年)に、六十一才でなくなりました。 周弼は、高杉晋作が十才の時、
疱瘡にかかった際に、
診療した医者としても知られています。
周弼の弟の青木研蔵も、
藩の西洋医学界の中心となって活躍し、明治天皇に医者としてつかえました。
研蔵の養子の 青木周蔵は、
明倫館で学ぴ、明治時代には外務大臣となって、日本の外交を指導しました。
●参考・引用資料『親と子の史跡探訪』萩文化財保護協会
【青木周弼旧宅】
(有料100円)で公開されています。また、ボランティアガイドの説明も受けられます。。
また、毎年2月から3月にかけて『萩城下の古き雛たち』という展示があり、雛壇が飾られています。
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