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桂小五郎かつらこごろうの家■  御成道マップ

 萩循環まぁーるバス〈西回り〉《萩城城下町》のバス停留所より、左に折れる道があります。 この道を江戸屋横町えどやよこちょうと よんでいます。


江戸屋横町に入ると、すぐの所の右手に桂小五郎の生まれた家があります。 この家は二階建てで、一階には小五郎が生まれた部屋、 二階には小五郎の勉強部屋などがあって、昔のままの状態を保っています。 二階の勉強部屋の 長押なげしには、 小五郎が若いころ墨で書いた死而後巳ししてのちやむという落書きが残っています。
 これは「死んでしまえば、すべてが終わってしまう」という意味で、 「生きている今こそ、何かをやらなければならない」という小五郎の若い情熱をあらわしています。

左の銅像は、京都ホテル・オークラ前にある《桂小五郎像》です。
京都でも、明治維新で活躍した人物として人気があります。 桂小五郎は、1833年(天保四年)に藩医和田昌景わだしょうけいの 長男として生まれました。八才の時に、近く住む藩士柱家の養子となりましたが、 まもなく養父母ともに亡くなったので、実家である和田家のこの家で成長しました。 十七才の時、兵学の門下生として明倫館で吉田松陰に学びました。 その後、江戸に出て剣術や西洋の兵学を学ぴ、討幕運動の立役者となり、 長州藩(今の山口県)と薩摩藩(今の鹿児島県)の同盟を成功させました。
  小五郎は、三十三才の時に、藩の命令によって木戸という名字にあらためました。 明治になって、新しい政府のもとで、参議として廃藩置県に力をつくしたり、 欧米を視察して新しい国づくりに役立てました。
 明治維新で活躍したころには木戸孝允きどたかよしという 名前でよばれていました。
 木戸孝允は、 1877年(明治十年)に京都で病死しました。 四十五才でした。

●参考・引用資料『親と子の史跡探訪』萩文化財保護協会

【木戸孝允旧宅】国指定史跡
(有料100円)で公開されています。また、ボランティアガイドの説明も受けられます。

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