■二の丸■
堀内マップ(2)
堀内の運河にかかる 指月橋を
渡ると、左手に 厚狭毛利家萩屋敷長屋、 右手に萩城の石垣が見えてきます。この人口が二の丸南門の跡で、 石垣がコの字形に組んであります。
これを 桝形門といって、
敵が門のなかを見通すことができないようにしたものです。
南門から石垣の上を東へ少し行くと、四角の出ぱったところがあります。 ここが塩矢倉
(潮見矢倉)の跡で、
二層の建物が建っていました。 矢倉は、おもに武器をしまって置く倉として用いられたほかに、見張りの場所となったものと思われます。
塩矢倉の下を見ますと、今では夏みかん畑になっていますが、昔は水をたたえた堀がありました。 この堀を中堀といって、中堀の内側の地域を萩城の二の丸といいます。
中堀は、大正時代に堀内の運河をほった土砂で埋めたてられてしまいました。
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