■毛利輝元■
毛利輝元は、1553年(1553天文二十二年) 毛利隆元の長男として
安芸国(今の広島県の一部)の吉田にある 郡山城
に生まれました。
輝元の祖父は、戦国時代に活躍した武将の毛利元就です。 輝元が十歳のときに、父の隆元が亡くなりましたので、祖父の元就の手によって育てられました。
その後、輝元は、織田信長や豊臣秀吉と天下を競うほどの 大大名までに成長しました。
関ヶ原の戦いまでは、 安芸・備後
(今の広島県)、 周防・長門、
石見・出雲・隠岐(今の島根県)、
それに備中
(今の岡山県)の半分と 伯耆
(今の烏取県)の半分、合わせて百十二万石もの領地をもっていました。
輝元が萩に城と城下町を築く以前に、広島でも、城と城下町を築いたことは以外に知られていません。 1589年(天正十七年)居城を築かれる前の広島は、五ヶ村とよばれる小さな漁村でした。
広島という地名は、輝元が名付けたものです。
●参考・引用資料『親と子の史跡探訪』萩文化財保護協会 |