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藍場川あいばがわの成り立ち■  藍場川マップ

 萩循環まぁーるバス〈東回り〉〈西回り〉とも、 《橋本町はしもとまち》を 停まります。 橋本町を降りると、国道262号線を横切るように、幅の狭い川が流れています。この川が藍場川です。

 藍場川添いに西に1.4キロメートル、約20分程度歩くと、城下町保存地区へ行くことができます。 また、東に1.2キロメートル、約15分程度歩くと、桂太郎旧宅、湯川家住宅に行くことができます。
 藍場川が開削されたのは、今からおよそ二百五十年前のことです。 六代萩藩主毛利宗広もうりむねひろは、 参勤交代で江戸と萩を往復する途中、 六代萩藩主備前国びぜんのくに 岡山(今の岡山県岡山市)の城下に立ち寄りました。 そこでは、瀬戸内海に注ぐ吉井川から岡山の城下へ大きな溝をつくり水を引き入れていました。 この大きな溝は 倉安川くらやすがわ といい、岡山の城下の経済や生活にたいへん役に立っていました。 宗広は、この大溝は萩の城下にも応用できると考え、さっそく家来を岡山の城下へつかわし調査させました。 こうして、岡山の城下を流れる倉安川を参考にして、藍場川の開削が計画されたのです。
 藍場川ができる前の萩の城下には、その周辺には 田圃たんぼ に水を引き入れる農業用水路がありました。 大溝を開削する工事は、まずこの農業用水路を広げ、 すでに開削されていた新堀川に注ぐ溝を新しくつくりました。 こうして、萩の城下にも岡山の城下と同じように大きな溝ができあがりました。 江戸時代には藍場川は大溝とよ呼ぱれ、農業用水だけでなく火災の際の防火用水、 さらには川舟による物資の運搬にも利用されました。 また、洪水の際には水はけにも役立ちました。
 江戸時代には、大溝(藍場川)で次のようなことが禁じられました。まず魚釣りの禁止です。 つぎには、 溝際みぞぎわ の土手を歩くことの禁止です。これは、土手が崩れ土砂が落ちて大溝が埋まるのを防ぐためです。 大溝が埋まると、川舟の通航ができなくなるからです。 最後に、 屎尿しにょう (大便・小便)やゴミの投け捨ての禁止です。生活用水としても使われていた大溝では、 屎尿やゴミを捨てることは不衛生で疫病が流行する原因ともなったからです。 また、舟の通航のために、大溝に埋まった土砂を取り上げる溝さらえも時々行おおわれていました。 さらには、大溝に覆いかかった竹や木の枝を絶えず注意して切り払い、 舟の通航のじゃまにならないようにしなさいとか、土が崩れないように溝端に芝を植えて、 いつも芝を刈り取り掃除を怠らないようにしなさいと、お触れが出されました。 このようにして、江戸時代の萩城下の人々は大溝の環境を守り続けてきました。

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